● 2018年5月20日放送
『富士山』といえば、日本の象徴の一つ。
その富士山の頂上にある富士山本宮浅間大社奥宮に奉納されている『富士山の絵』をお描きになられた、開運画家 ユタカ・ムラカミ先生にお話をうかがいました。
世界的にも愛されているこの富士山の『絵』だけを描き続けているムラカミ先生。
その絵の持つ魅力は、今や海外でも評価されています。
そもそも、ムラカミ先生と梅津先生の出会いは6年前。
その当時は、知る人ぞ知る画家であった先生でしたが、その後、あれよあれよという間に、メジャーになっていかれたムラカミ先生は、今ではニューヨークやサンノゼ(シリコンバレーの近く)、そしてサンディエゴを拠点としてご活躍され、ファンの方々も、日本よりはむしろ、アメリカやフランスの方々の方が多いとのだそうです。
そんなムラカミ先生が描かれる『富士山』は、ずばり日本画です。
ところが、インターナショナルな世界観、特殊な表現方法は、日本画がという枠を大きく超えており、観た方をドキっとさせること請け合いなのです。
描かれた全てが富士山、その描き方、色彩によって、こんなにも印象が変わるものかと驚くばかりです。
また、先生の絵は、写真で見るとステンドグラスに間違われることがあるそうですが、まさにステンドグラスを作成する図案にピッタリなのです。
そこで現在、戸夢窓屋(トムソーヤ)という会社のステンドグラスの職人の方々とチームになって、富士山のステンドグラス画を積極的に制作が行われることに……。
後ろからの光を浴びると、ステンドグラスならではの力も加わり、本当に後光が差しているような神々しさが生まれます。
そして、『新しい時代にチャレンジするような色』を使ったそのダイナミックな作品は、ロサンゼルス在住の日本人向けの生活情報誌の表紙としても取り上げられました。
この小冊子、西海岸に住んでる日本人ならば100%は手に取ったことのあるもので、中をめくると、1頁目には天皇陛下ご夫妻、2頁目にムラカミ先生、3頁目が松山英樹選手。
なんと、日本のワン・ツー・スリーの2番目がムラカミ先生なのです。
さて、ムラカミ先生の和風な絵の枠を超えた『富士山』の絵。
なぜ敢えて『富士山』をテーマを選ばれたかという訳は、現在の日本の生活スタイルにありました。
昔は、個人の自宅にも会社の社長室にも、必ずといっていいほど富士山の絵があったものです。
和室が多かった当時の室内には、日本画のイメージが強い富士山はしっくりきたのです。
しかし今やライフスタイル欧米化が進み、フローリングは当り前、床の間はおろか和室もないマンションが、日本の住宅の一般となっています。
そのため、昔ながらのイメージの富士山の絵は、現代の生活空間に合わなくなってきたのです。
ムラカミ先生は、ここに危機感を持ち、イタリアン家具と同様、洋室でも会う『富士山の絵』は無いのだろうか、と試行錯誤されたのです。
その結果、和の空間にも、洋の空間にも合う美しい『富士山画』が誕生しました。
スタイルは変わっても、霊峰富士山は、その存在だけで私たちにメッセージを伝えてくれます。
富士山を眺めていると穏やかな気持ちにもなり、また、「よしやるぞ!」とエネルギーもみなぎってくるのです。
さらに、先生の絵が目に見えない力を持っている理由の一つとして、水も関係しています。
絵の具である『顔彩』を溶かすときに使う水は、富士山本宮浅間大社の湧玉池の水なのです。
富士山のミネラルとパワーが溢れるような水を使って描かれた絵には、既に神聖なエネルギーが入っているのです。
こうして描かれたムラカミ先生の富士山の絵は、冒頭でご紹介したように富士山本宮浅間大社奥宮にも奉納されています。
これは本当に凄いことで、100年に一度のご遷宮年に、富士の頂上の絵を新しいものに変えるのですが、今から三年前に、今後百年間飾られる富士山の絵として、ムラカミ先生の新しいスタイルの絵が選ばれたのです。
奉納の際には、TBSのニュースでも、先生が絵を持って富士山に登って絵を奉納する姿が映し出されました。
奉納の後も、絵に込められた先生の想いを強めるために、幾度もムラカミ先生ご自身で富士山を歩いて登り、絵と額縁を磨きに訪れるそうです。
富士山の頂上から、ユタカ・ムラカミ先生の絵が、たった今も日本中にエネルギーを発信し続けています。
そしてもちろん、これからの100年間も……。
詳しくは動画をご覧くださいませ。
● ムラカミ先生の作品や活動が満載のホームページです。
富士山頂のご奉納の画像もご覧いただけます!
→『Yutaka Murakami Art Square』はこちら