● 2016年12月18日放送
うちわや扇子の販売、浮世絵の版元でもある『いばせん』
この老舗の現当主14代目代表吉田さんに、国際化に向けた日本の伝統についてうかがいました。
多くの会社が平均3年で消えていく現在、株式会社伊場仙は、江戸時代から400年続いています。
1590年に浜松の東伊場町にお店を構えたところから始まったそうです。
もともと日本では『伊勢谷』や『尾張屋』といった、場所の名を掲げたお店が多く、伊場仙もこの浜松の土地の名前が由来。
さらに初代の当主は、仙三郎さんとおっしゃいました。
おそらく当時、お客様からの親しみの意味もあり、略して『いばせん』と呼ばれるようになったのではないかとのことです。
また、『火事と喧嘩は江戸の華 』と言われますが、江戸時代はことに災害が多く、火災や震災で地域全体が失われるようなことも少なくありませんでした。
こうした災害の多い歴史の中で、生き残ってきたお店というのは、災害を逃れた他の場所に土地を持っていたお店だそうです。
実際に、関東大震災の時も、当時の伊場仙は消失したそうですが、渋谷にあった避難場に移転して事業を再スタートしたといいます。
伊場仙のユニークな所は他にもあります。
通常、伝統的な企業や組織は、長男や長男に準ずる方が継ぐことが多いのですが、伊場仙の系譜のモットーは、『適材適所』
吉田さんご自身も次男ですし、お祖父様も養子でいらっしゃったそうです。
これまでにはなんと、長男がいても番頭さんが継いだことさえあったというので、びっくりです。
向いている人、大きくやりがいを持っている人が引き継ぐ会社。
これが400年も続いてきた理由のひとつなのかもしれません。
もともと伊場仙の本業はうちわ作りでした。
粋な江戸の男女が美しい絵柄の入ったうちわで涼を取る姿を想像するのは素敵です。
扇子も手がけるようになり、絵柄も浮世絵の技術を導入した当時の伊場仙は、浮世絵の出版をサイドビジネスとして手がけ、浮世絵の版元にもなりました。
現在、欧米の著名な博物館、例えばメトロポリタン美術館などの日本コーナーに展示されている浮世絵は、伊場仙が提供しているものが多いのです。
400年も続いた会社を担う責任は勿論重いのですが、毎日が試行錯誤。
バブルの崩壊などでの苦労もありましたが、企画した商品がヒットする時の喜びは何物にも代え難いと吉田さんはおっしゃいます。
そして、次のオリンピックは東京。
江戸の柄がマークになってる『東京オリンピック』ですが、伊場仙の企画もとても素敵です。
たった今も、お客様の層をたくさんの外国人が占めるといわれる伊場仙ですが、来年の展開は、江戸の色や柄を出し、世界遺産となった富士山の図柄も取り入れ、社会状況も組み込んだものになっていくそうです。
伊場仙本店は日本橋三越の側です。
歌舞伎座や都内の百貨店、横浜SOGOなどに行けば、たくさんの実物を手に取って見ていただくことができます。
詳しくは、ぜひ動画をご覧くださいませ。
● 扇子とうちわの老舗
400年の伝統と技の品々……
webショップも充実したサイトです。